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『楽天記』あるいはマイスター・エックハルト

 投稿者:靴を間違えたフォルマリスト  投稿日:2020年 4月11日(土)00時18分31秒
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        古井由吉、芥川賞受賞、電車の中吊りを見上げた記憶がハッキリとある。普段芥川賞など無関心なのだけど。
 当時古井さんを気鋭のドイツ文学者として仰いでいた。古井訳のロベルト・ムージル『愛の完成・静かなヴェロニカの誘惑』と川村二郎訳ムージルの『三人の女・黒つぐみ』(どちらも岩波文庫)の二冊を読み深く震撼されたためである。
 古いことなので記憶は曖昧だけれど芥川賞受賞作やその頃の古井さんの短編小説は凄く楽しく読んでいた。しかし長編小説は苦手で読めないままである。
 『楽天記』もあまりにも重い日本語に足を取られて泥濘に腰を取られ、よろよろやっと前進するような読み方になっていた。自分が興味を持つことが出来たのは、旧友、奈倉と柿原の関係、特に手紙のやり取りである。
 まず眼を引くのは「マーゴール・ミッサビーフ」という言葉でこれは旧約、エレミヤ書の第二〇章にありヘブライ語で「周囲至る所に恐怖あり」という意味らしい。後で出て来るホセア書とも深い関係があるらしい。
 「荒野の花嫁」(新潮文庫、一七二ページからの連あるいは章)では奈倉からの手紙が語られる。この章は古井さんの時間論から始まるので面白いのだけれど、それもおそらく預言者、ホセアやエレミヤが念頭にあるのではないだろうか。預言と時間。未来、現在、過去。
 とまれ、作者は仕掛けているのだ。例えば「遊訳」とか「神秘思想」とか「ホセア記」とか、そしてそのさりげなく見せた落とし所が「例のエックハルト」という言葉に帰結する(新潮文庫、一八八ページ)。
 エックハルトとは何者か?パリ大学神学博士のスコラ学者ドミニコ会高位の説教者、異端として死後彼の説いた教えは発禁されたが地下へ浸透して多くの人に影響を与えた。
 奈倉の手紙と柿原の返事、奈倉の二度目の手紙、さらに未亡人から送られた手紙。自分はそれらがストーリーの要であろう、とこの小説を読んでみた。
 奈倉はエックハルトのドイツ語の説教集を自分のために「遊訳」して柿原に送ったと推測出来る。岩波文庫による『エックハルト説教集』には載っていないのだが『ホセア記』からの引用がエックハルトの説教にあると考えると『ホセア記』のその部分は、神(エホバ)とイスラエルの民との契約を婚姻に譬えたもので妻であるイスラエルはもともと娼婦で結婚後も夫を裏切り他の人の子を産む、そのあとに彼女をいざない荒れ野に導き、と続く。
 エックハルトには以前から興味があり、上田閑照氏の『エックハルト』や『禅仏教』を読んだことが頭にある。上田氏は禅とエックハルトの思想が九十パーセントぐらい同じだと語っていたように思う。
 古井さんがロベルト・ムージルやエックハルトのような神秘主義的な作家に引かれていることを確認出来たのは面白く思った。
 
 
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