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周りが数年来このゴミだらけのボロ家をどうするんですかと言い続けてきて、頑固に断ってきた家の片付け。それを一ヶ月ほど前に父が承知した。96歳になる。
今の家へ住んで45年。それまで一切家の片づけをさせなかった父がである。
昔の造りなので生活スペースは狭いものの、押入れ、天袋、物入れ等はかなり広い。
出てくる、出てくる。
我々は昭和36年まで秋田に住んでいたのですが、当時の秋田のデパート、木内(きのうち)や本金の包装紙のままの訳の分からない贈答品。のれん、風呂敷、陶器の干支の置物、お盆、菓子皿、石鹸、灰皿、樺細工の茶筒。
誰から貰ったか買ったか分からない絵、こけし、人形等など。
これらは殆ど不燃物ゴミとして出したが、このときほど市のサービスをありがたく思ったことは無い。
中身の見えない小袋にタバコ・ラークの商標の周りを切り取った切手大の紙片が数百枚。
ボロボロに擦り切れた小銭入れには使用済みの爪楊枝が十本余り。ご丁寧に銀紙で先端をくるんである。
靴を買ったときの箱多数では昭和50年代の証券会社からの窓開き封筒や株主報告書。
海苔の空き缶10以上。旅館の箸袋、絵葉書、特急券、旅先の寺院拝観券。
ガスが切れたライター30余り、使えない乾電池多数。アイテムを書き出したらキリがない。
物を大事に使うという発想では恐らくない。物を捨ててはいけないとの信念?いやそれは美化しすぎだろうと思う。病気!
同時に出てきた昔の写真には全く手をつけられないでいる。
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